ヘルスケアの世界的リーディングカンパニー「ノバルティスグループ」。世界各地に研究拠点を置き、医薬品、病気予防のためのワクチン、診断技術やコンタクトレンズまで、幅広い領域の医療製品やサービスを世界140カ国以上に提供している。 その医療用医薬品部門の日本法人「ノバルティス ファーマ株式会社」(以下、ノバルティス ファーマ)は、世界景気の波が激しい昨今においても成長を続ける企業として、高く注目されている。同社代表取締役社長の三谷宏幸氏に、人材育成論やCSR活動など、同社における経営の根幹を伺った。
「海の向こう」に圧倒される初めての海外――米国留学
「いまや飛行機であっという間ですが、私が学生時代の海外はまさに『海の向こう』。いまの若者たちが感じるよりも遥かに大きく、手を伸ばしてもなかなか届かない、とても遠い存在でした」
1953年生まれの三谷社長は、少年から青年期という多感な時期に東京オリンピック(64年)や大阪万博(70年)など世界的イベントに沸き返る日本を目にした。社会人になり、さらなるステップアップを望んだとき、『海の向こう』を自然と意識したのは、いわば必然だったのかもしれない。
「小さな枠にとらわれず、自分の力がどこまで通用するか試してみたい。最初に入った会社では、ただそれだけの理由で海外留学を直訴しました。当時はそんなことを言い出す人間が社内にいなかったので、上司や同僚がなかなか理解を示してくれず、結局実現までに2年ほどかかりました」
初めて海を渡ったのは29歳のとき。超える太平洋、向かうはアメリカ。「人々の心の大きさ、目にするもの一つひとつのスケールに圧倒された」と当時を振り返る。
「あうん」と「ロジック」の融合が世界に輝く企業価値を生む
約2年に渡る海外生活は、三谷社長にさまざまな気づきを与えた。そのうちの一つが「日本人の『あうんの呼吸』と欧米人の『ロジック』の対比」だと言う。
「例えば日本で同じ言葉を話し、同じ文化で育った人間同士がビジネスを進めようとすると、『事細かに伝えなくてもわかるだろう』といった『あうんの呼吸』で話がまとまることが非常に多いですね。また日本人ともすれば「なぜできないか」という理由を考える癖があります。変化を好まないという国民性なのかもしれません。
ところがアメリカには、多彩な文化を持つ多様な人種が暮らしています。そこでビジネスを進めるためには『説明』というアクションが不可欠なのです。論理的に物事を考え、筋道を立てて相手に伝えなければならない。これを自身の経験から学ぶことができたのは、非常に大きかったですね」
日本だけで通用する交渉術や経営論を振りかざしていても、いずれ立ちいかなくなる瞬間が来る。だが、分岐点に差し掛かるタイミングと進むべき進路を見極め、新たな道を切り開く力があればどこの世界でも生きていけるのではないかと、数々の経験を重ねた三谷社長は考えるようになった。
「ノバルティス ファーマ以前にも、いくつかのグローバル企業で勤務してきました。その経験からすると、世界中に拠点が分散しているからといって、その企業が持つ価値観が異なるかといえば、そんなことはありません。経営者として必要な資質に関しても同じことが言えます。
経営力の80%は万国共通。この部分がしっかりしていれば、どの国でも通用します。残りの20%はその場所特有のもの。ともすれば80%ばかりがクローズアップされがちですが、グローバル企業の価値は残りの20%、国々による独自の味付けで決まります」
日本独特の『あうん』と欧米の『ロジック』のぶつかり合いを成長力に転換すること。世界に通用する価値観の醸成が、ノバルティス ファーマという組織や働く社員一人ひとりの強さにつながる。
企業のエゴを強要しないメセナ お客様の声あってのCSR活動
国内企業も外資系企業も関係なく、企業が企業としての成長、つまり利益や利潤を追求するのは当たり前の話だ。「そうして蓄えた企業体力を、社会に還元することも、当然のことです」と、三谷社長は同社が考えるCSR(企業の社会的責任)への姿勢を語る。
金銭面だけでさまざまな活動を支援することだけが、社会への利益還元ではない。企業として積極的に、患者の生活満足度(クオリティ・オブ・ライフ)向上に貢献したい……その思いのひとつが、2010年5月に開催されたクラシックコンサートとして実った。
「この5月、患者さんやそのご家族に楽しんでいただくために、本格的なクラシックコンサートを開催しました。車椅子での来場や盲導犬の同伴など、一般のコンサートでは周囲に遠慮されることが多い患者さんたちが、気兼ねなく過ごしていただける場を提供しました」
開催が目的ではなく、お客様や患者が何を考えて何を望むのか。そしてそれを具現化することが真のCSR活動だとも語る。また同社が取り扱う医療用医薬品の開発は、現在世界で約130ものプロジェクトが進行中だ。日本では30のプロジェクトが動いている。
「革新的な医薬品を開発し、その薬を待ち望んでいる患者さんに1日でも早く届けることが、我々製薬会社の使命です。同時に、常に患者さんの立場に立った貢献を、今後も続けていきたいと考えています」
異文化に触れた経験と感性を掛け合わせ、世界で生きよ
三谷社長は人材育成のテーマに「リーダー層の強化」「広い視野の獲得」「多様性の確保」を掲げている。これらを備えた理想のリーダー像とは、具体的にどういった存在なのだろうか。
「まずリーダーと管理者の違いを説明しましょう。チームを引っ張り、会社と社会に貢献するという意味では似ていますが、リーダーと管理者は異なる存在です。リーダーは単なるポジションの呼称ではありません。仕事力など、自らのパーソナルパワーを最大限に発揮してミッションをクリアしていく人です。
管理者とは、決まったポジションの中で能力を発揮する人。もちろんどちらも組織に必要な存在ですが、企業が新しい成功体験を得るために必要なものは、リーダーが持つ『変化に挑戦し、前を向いて背中で教える』姿勢だと、私は考えています」
成功体験は永遠ではない。10年後も「過去の栄光」にすがっているのか――答えは否。不安定な時代の変わり目だからこそ、リスクを恐れず新たな発想を生み出し、高いリーダーシップを保つ力強さが各人に求められる。
「現在の日本は転換期に差し掛かっています。優秀なリーダーたちが残してくれた過去の遺産を食い潰していたところにフォロワーがようやく育ち、新しい時代を迎えようとしているのです。
よってこれからはさらに個々の能力と視野の広さがさらに問われることになるでしょう。語学習得や文化理解にしても、将来ある若者たちには使命感と一種の緊張感を抱いて、それらに取り組んでほしいですね。高い気概を持って、世界における日本という国を、いい意味で見つめ直してほしいと思います」
たとえば変化を受け入れざるをえない海外生活を、学生のうちに経験すること。三谷社長のように入社数年で海を渡れば、経験と感性が磨かれるのは間違いないだろう。
三谷宏幸
ノバルティス ファーマ株式会社 代表取締役社長
1953年兵庫県出身。77年東京大学工学部卒業。同年川崎製鉄(JFEスチール)入社。83年カリフォルニア大学バークレー校工学修士。84年スタンフォード大学経営工学修士。88年ボストン・コンサルティンググループ(BCG)入社。92年日本ゼネラルエレクトリック(GE)入社。GE航空機エンジン北アジア部門社長、GE横河メディカルシステム社長、GE本社副社長を歴任後、2007年5月ノバルティス ファーマ株式会社代表取締役社長に就任。現在に至る。
TECHNOLOGY
ノバルティスバイオメディカル研究所(ボストン)
世界に広がるノバルティス研究所の主要拠点。ノバルティスに在籍する約5000人の研究者のうち、約2000人が当研究所でがんや感染症、循環器・代謝領域などの研究開発に従事。
ノバルティス熱帯病研究所(シンガポール)
ノバルティスとシンガポール経済開発委員会のパートナーシップによって設立。デング熱や薬剤耐性結核など、開発途上の国々で蔓延している熱帯病の治療法を確立するための研究開発に従事。
設立:1997年4月1日
資本金:60億円
社員数:4,220名(2009年12月31日現在)
売上高:2,977億円(2009年)








